サウナ浴場について2億5000万円の立ち退き料を認めた裁判例

はじめに

立ち退きコラム第15回目の今回は、東京駅八重洲中央口付近のサウナ浴場について、立ち退き料2億5000万円を認めた裁判例をご紹介します。

この事例では、賃貸人側から、正当事由の内容として、耐震強度不足を理由とする建て替えのほかに、賃借人の建物の用法違反の事実が主張されています。

裁判所が、賃貸人が主張する複数の用法違反について、それぞれ事実を認定し、契約違反の該当性を評価した上で、正当事由として重視するかどうかの判断を下している点が判断のポイントになっています。

東京地方裁判所平成23年3月10日判決

事案の概要

  • 物件所在地:東京都内(東京駅八重洲中央口付近)
  • 用途:サウナ浴場
  • 賃貸人が立ち退きを求めた理由:耐震強度不足等を理由とする建替え・再開発
  • 賃料:  月額465万9120円
  • 共益費: 月額 77万6520円
  • 当事者等

X:原告(賃貸人・法人)。不動産の賃貸等を主たる業務とする株式会社。平成18年に本件ビルの所有権を取得。

Y:被告(賃借人・法人)。カプセルホテル、サウナ浴場等の経営を主たる業務とする株式会社。平成14年に前賃借人から賃借人の地位を承継し、本件ビルの3~7階を賃借して、「aサウナ」の名称でサウナ浴場を経営している。

裁判所の判断-正当事由について

(本件ビルの耐震強度不足等について)

・Xが実施した耐震診断結果によれば、本件ビルは、X(東西)方向のIs値が0.3以上0.6未満となるため、地震の振動及び衝撃に対して倒壊又は崩壊する危険性があり、Y(南北)方向のIs値は0.3未満となるため、地震の震動及び衝撃に対して倒壊又は崩壊する危険性が高いものと認めることができる。

⇒本件ビルが建築された昭和42年以降の地震の発生状況等に鑑みると、本件ビルが小規模な地震によって倒壊等するとは考え難いものの、少なくとも関東大震災や阪神淡路大震災のような大規模な地震が発生した場合には、1ないし3階を中心に人命に影響するような大きな倒壊又は崩壊が発生する危険性が高い建物であると認めるのが相当である。

⇒このように、本物件を含む本件ビルには耐震強度の問題があることはXの指摘するとおりであるが、建物の老朽化や朽廃が建物の現状の問題であるのに対し、耐震強度の不足による地震発生時の倒壊等の危険は将来の可能性の問題であり、しかも、そもそも本件ビルの耐震強度の不足は、本物件の賃借人であるYには何ら責任はなく、むしろ、本物件をYに使用させる義務を負う賃貸人(所有者)であるXの側の問題というべきである。

⇒加えて、本物件の賃料の算定において耐震強度の不足が減額方向で考慮されていると認めるに足りる証拠もないことなどからすると、本物件を含む本件ビルの耐震強度の不足を、本件賃貸借契約を一方的に解消する理由となる正当事由として、それほど重視することはできないというべきである。

(賃借人Yの事情)

・Yは、本物件において、サウナ浴場及びこれに付帯する宿泊施設を経営している。

・本物件はJR東京駅八重洲中央口から徒歩約5分の位置にあり、従前の賃借人の時代から10年以上にわたってサウナ浴場が営まれていた。

・Yには固定客が少なからずいるものと推測される。

・本物件の近辺には既に商業ビルが建ち並んでおり、サウナ浴場の営業等を行うことが可能な本物件と同一規模・条件の建物を確保することは相当に困難であると予想される。

・Yの収益源は、専ら本物件におけるサウナ浴場等の営業である。

・Yが数十名の従業員をかかえている。

⇒Yが本物件を使用する必要性は相当高いというべきである。

(賃貸人Xの事情)

・Xについては、本物件はもちろん、本件ビル自体を自ら使用する必要性があると認めることはできず、Xが主張する賃貸物件としての有効利用についても、耐震強度の問題を理由とする建替えの必要性の点は上記の判断のとおりである。

⇒しかも、本物件については現にYによって相応の賃料の支払がされており、証拠及び弁論の全趣旨によれば、他の階にも賃借人が存在することなどからすると、Xの主張する本物件を利用する必要性は、Yが本物件を利用する必要性に比べて格段に低いといわざるをえない。

(Yによる用法違反)

1 屋上看板の設置
⇒Yは、賃貸人の書面の同意を得ずに屋上に看板を設置しており、形式的には契約条項に違反しているが、当時の賃貸人の承諾を得ていること等からすると、正当事由としてそれほど重視することはできない。

2 産業廃棄物の処理
⇒Yは、本物件内の飲食店から出た産業廃棄物を、本物件の地下2階にあるゴミ捨て場に置いていたものと認められるが、本件ビルにおける従前の産業廃棄物の廃棄状況やそのような廃棄状況となっていた経過は明らかではないため、本件解約申入れの正当事由として評価すべきものと認めるに足りる証拠はない。

3 5階から6階のあかすりコーナーの吹き抜け部分及び6階あかすりコーナーの南西道路側への無段階築について
⇒Yは、事前に書面による同意を得ずに上記の増改築をしており、形式的には契約条項に違反しているが、当時の賃貸人から事実上の承諾を得ているため、正当事由として一定程度考慮することはできでも、それほど重視することはできない。

4 3階直通階段への障害物の設置
⇒本物件の3階直通階段には可動式のカーテンが設置されており、消防署等の指摘はないものの、火災時の迅速な避難経路確保という点からは望ましいものではないと推認できるので、正当事由として一定程度は考慮することができる。

5 3階及び5階の非常用進入口への障害物の設置について
⇒当初の賃借人であったFは、当時の賃貸人であるK建物に対して避難階段の防火区画に家具・什器等を一切置かないと約束したにも関わらず、Yは3階及び5階の非常用進入口に下駄箱を設置しており、これを塞いでいると認められるため、正当事由として一定程度考慮するのが相当である。

6 7階部分の用途の無断変更について
⇒Yが本物件の7階部分をサウナ来場者用の休憩所として使用していること自体は、従前の賃貸人の事実上の承諾があり、正当事由としてそれほど重視することはできないが、Yが、賃貸人との合意に反して共益費を負担していないということは、正当事由として一定程度考慮すべきものと認められる。

7 本物件全体用途の無断変更について
⇒Yは、本物件の賃借人の地位を承継して以来、「カプセルホテル&サウナ」という看板を掲げて、旅館業を営業しているが、従前の賃貸人の黙示の承諾は認められ、また、平成20年8月までの間、旅館業法の許可を受けずに営業を行っているものの、それによって賃貸人であるXに特段の不利益を被らせた事実は認められないため、正当事由として重視することはできない。

8 厨房設備の設置と漏水の発生
⇒Yは、賃貸人の書面による承諾を得ずに本物件の3階に厨房設備を設置しており、また、平成22年頃に厨房設備から漏水を発生させているが、この厨房設備はXが本件ビルを取得する前から、賃貸人の事実上の承諾のもとで設置されており、漏水事故についても円満に解決がされていると認められるため、正当事由としてそれほど重視することはできない。

(結論)

本物件を含む本件ビルの耐震強度に問題があること、Yによる本物件の利用方法について、本件賃貸借契約の付随的な約定に形式的には違反する点があることなどは確かであるが、本件解約申入れの正当事由の中核となるべき本物件を利用する必要性については、Xに比べて、Yの方が格段に高いことなどからすると、本件解約申入れについては、上記認定の諸事情のみでは正当事由が不足しており、その補完事由としての立退料の提供が必要である。

裁判所の判断-立ち退き料について

・Xが提出した立ち退き料の簡易鑑定評価書:1億3700万円と算定。

・裁判所の採用した鑑定結果:耐震強度については考慮せず、立ち退き料を3億8000万円と算定。

⇒裁判所鑑定を不合理であると認めるべき事情はないので、裁判所鑑定を基礎とする。

その上で…

本物件を含む本件ビルの耐震強度の不足については、正当事由として重視することは相当ではないとしても、賃借権の客観的な価値には影響することから、一部Xの主張を採用して、借地権価格を一定程度減価する方向で考慮する。

・また、本件解約申入れについては、正当事由となるべき事情が一定程度は存在することから、これらも立退料の価格を減額する方向で併せ考えることとする。

裁判所鑑定における立退料を3分の1程度減価して、本件解約申入れに係る正当事由の補完事由となるべき立退料については、2億5000万円と認めるのが相当である。

まとめ

このように、裁判所は、賃貸人が主張する用法違反について、形式的な意味での契約条項違反を認めつつも、実質的に賃貸人に大きな不利益をもたらしていない等の事情を踏まえて、正当事由として重視はしませんでした。
また、正当事由の主たる事由である耐震強度不足についても、地震による倒壊の危険が現在の問題ではなく将来の問題であること、耐震強度不足が賃貸人側の事由であることから、それほど重視しませんでした。

その結果、立ち退き料の算定において、裁判所鑑定による立ち退き料を、3分の1程度減額した額を立ち退き料として認めています。
同様の事案で、鑑定結果等による金額を、賃貸人・賃借人の事情を考慮して2分の1にする事案もあることからすると、本件は、かなり、賃借人側に有利な判断をしているものと評価することができます。

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