居酒屋チェーン店舗について1億3000万円の立ち退き料を認めた裁判例

はじめに

立ち退きコラム第9回目の今回は、居酒屋チェーン店舗について、1億3000万円の立ち退き料が認められた裁判例(東京地方裁判所平成27年3月6日判決)をご紹介します。

この事例では、立ち退き訴訟に先行して、賃貸人側から賃借人に対して賃料増額請求訴訟を提起しており、裁判所が、正当事由の判断の際に、別件訴訟における賃貸人の主張内容を考慮している点がポイントです。

また、賃借人側の事情に関しては、賃借人が全国に2000店以上の店舗を展開するチェーン店であることが賃借人側の事情として考慮されています

東京地方裁判所平成27年3月6日判決

事案の概要

  • 物件所在地:東京都新宿区
  • 用途:飲食店(居酒屋チェーン店)
  • 賃貸人が立ち退きを求めた理由:老朽化・耐震性不足を理由とする建て替え、再開発
  • 賃料等:平成12年7月~   月額306万円(税別)

        平成16年12月~  月額275万4000円(税別)

  • 当事者等

X:原告(賃貸人・法人)。映画劇場その他の娯楽施設の経営、不動産業等を目的とする株式会社。本件店舗が所在する本件ビル、隣接する本館ビル、新館ビルの敷地建物を所有し、これらのビルにおいて、映画劇場、ボウリング場等を営業するとともに、一部を複数のテナントに賃貸している。

Y:被告(賃借人・法人)。国内外に2000店舗以上の飲食チェーン店を展開する飲食事業者。新宿区内に19店舗、本件店舗が所在する○○町だけでも本件店舗を含め5店舗の居酒屋チェーン店を展開している。

・備考:賃貸人Xは、本件訴訟に先立ち、平成24年8月に、Yに対して、本件建物の賃料を増額する訴訟を提起している。これに対して、Yは、賃料を減額する旨の反訴を提起している。平成25年10月に賃料を減額する旨の裁判上の和解が成立している。

裁判所の判断-正当事由について

(賃貸人Xの事情)

  1. Xは、土地1上に同一の区分所有建物に属する、本件ビル、及び本館ビルを、土地1に隣接する土地2上に新館ビルを所有し、これらを一体の大型商業施設として、本件映画館等の営業をし、その一部を複数のテナントに賃貸していた。
  2. 本件ビルは昭和32年頃、本館ビルは昭和31年頃、新館ビルは昭和40年頃に建築され、築後49年ないし58年が経過することにより、壁面に亀裂が生じたり、構造物が一部傾斜したり、壁面タイルが一部剥落してネットカバーの設置を余儀なくされたりし、その設備についても経年劣化が進行している。
  3. 本件ビル等は、建築基準法所定の新耐震基準導入以前に建築された建築物であり、東京都、新宿区の定める耐震改修促進計画(本件耐震改修促進計画)の対象建築物である。
  4. 本件映画館は本件ビル等の36.52%を、本件ボウリング場はその37.03%を占めるところ、Xは、動員数の減少に伴い、平成26年12月31日をもって本件映画館等を閉館し本件ビル等を解体する旨の決定をした。
  5. Xは、本件ビル等の一部を賃借しているテナントとの交渉を進め、現時点において、明渡しに係る合意が成立していないのはYのみである。
  6. 本件店舗は本件ビル等の3.84%を占めるにすぎない。
  7. Xは、本件ビル等を解体した後、本件各土地を一体として再開発し、その有効利用、高度利用を図る予定である。

(賃借人Yの事情)

  1. Yは、平成12年以降、本件建物(本件ビルの地下一階部分)において、「g」の屋号で、14年間にわたり、居酒屋チェーン店(本件店舗)の営業を継続してきた。
  2. 本件店舗は、地下1階に位置する店舗面積約561.98㎡、座席数354席の大型店舗であり、本件ビルの43.09%を占める。
  3. 本件店舗の客数、売上高等は、k劇場の閉館に伴い激減したものの、これらは本件建替工事が完了し大型商業施設が開業することにより一定の改善が見込める。

(結論)

上記のX・Yの各事情に加え…

  • Yは、国内外に2000店以上のチェーン店を展開する大手事業者であり、新宿区内に19店、○○町地域のみでも本件店舗を含む5店の居酒屋チェーン店を展開している。
  • また、Yは、平成25年4月30日に本件ビル等に近接するhビルを、平成26年1月10日には別の建物を取得して、更なる居酒屋チェーン店の展開を計画している。

Yが本件建物を使用する必要性は必ずしも高くなく、また、Yにおいて本件店舗の移転先を確保することに困難があるとまでいえない

⇒上記の事情を考慮すると、Xが本件建物の使用を必要とする事情を一応肯定することができる。

もっとも…

  1. 本件ビル等につき本件耐震改修促進計画に基づく耐震診断は行われていない上、Xは、別件訴訟(賃料増額訴訟)において、本件ビルの商業性が高いことを主張して、本件建物の賃料を大幅に増額することを請求していた。
  2. Xは、基本的に本件各土地の有効利用、高度利用という経済的な理由により本件建物の明渡しを請求するにすぎない。
  3. Xがいまだ本件各土地の具体的な利用計画を明らかにしていない。

⇒上記(1)~(3)を考慮すると、Xが本件建物の使用を必要とする事情を一応肯定することができるとしても、そうであるからといって、直ちに本件解約の申入れに正当の事由があるとまで認めるのは困難であり、相当な立退料が提供されることにより、本件解約の申入れに正当の事由が具備するに至ると解される。

裁判所の判断-立ち退き料について

・Xから依頼を受けたC不動産鑑定士:

⇒以下の各方式による算定額を総合し、借家権価格を6690万円と算定。

比準方式:7090万円
控除方式:5250万円
差額賃料還元方式:7070万円
損失補償方式:7350万円
借家権割合方式:1億3800万円

・Yから依頼を受けたD不動産鑑定士

⇒以下の各方式による算定額を総合し、借家権価格を2億6500万円と算定。

借家権割合方式:2億5700万円
控除方式:2億5200万円
差額賃料還元方式:2億9200万円

しかしながら、

  1. 借家権につき通常の市場における取引慣行はなく、そもそも比準価格の算定は困難であること。
  2. 自用部分と賃借部分が混合する場合、控除方式による試算は困難であること。
  3. 差額賃料還元方式は、評価者により算定が大きく異なる傾向がある上、賃料が低額であるほど借家権価格は過大に算定され、これが高額であるほど過小に算定されるという問題もあること。
  4. 明渡しに伴う損失補償については別途考慮すべきであることからすると。

⇒上記の理由を考慮すると、対象物件の個性が反映されにくいなどとの問題はあるにせよ、C鑑定士の借家権割合方式による試算価格(1億3800万円)を重視し、本件建物の借家権価格を算定するのが相当である。

⇒これに加え、Yは本件建物の明渡しにより、本件店舗の営業を一定期間休止して移転をすることを余儀なくされ、また、本件店舗の内装造作設備を廃棄することも余儀なくされること、本件解約の申入れに係る正当の事由の充足の程度等、諸般の事情を考慮すると、本件における相当な立退料の額を1億3000万円とするのが相当である。

まとめ

このように、本事例では、裁判所は、賃貸人が別件の賃料増額訴訟において、本件ビルの商業性が高いことを主張して賃料の増額を求めている点を賃貸人側に不利な事情として考慮しました。

立ち退き訴訟における戦略上、賃貸人の側から、賃借人に対してプレッシャーをかけるため、立退き交渉や訴訟と並行して賃料増額請求がなされることはよくあり得る状況ですが、立ち退き訴訟と賃料増額訴訟で矛盾した言動をすることが、結果的に不利益に働くという意味で、賃貸人側だけでなく、賃借人側からも非常に参考になる裁判例であると思われます。

また、本事例では、賃借人が全国展開しているチェーン居酒屋であること、本件店舗の近隣で更なるチェーン展開を計画していることが、賃借人に不利益な事情として考慮されました。
店舗の立ち退きにおいて、立ち退きの対象となる店舗以外にも店舗を運営している場合には、賃借人側の使用の必要性を主張していく上で、慎重な検討が必要であると思われます。

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