ステーキハウスについて3100万円の立ち退き料を認めた裁判例

はじめに

立退きコラム第6回目の今回は、東京都港区西新橋のステーキハウスの立ち退きについて、3100万円の立ち退き料を認めた裁判例(東京地方裁判所平成20年7月31日判決)をご紹介します。

この裁判例は、賃貸人がビルの耐震強度不足による建て替えを主張し、賃借人が建て替えではなく耐震補強工事が可能であると反論したのに対して、裁判所が、耐震補強工事の実施に関して、具体的な補強工事の可否や費用対効果の観点から正当事由を検討している点に特徴があります。

老朽化による建て替えの事案において、耐震補強工事の施工の可否が争点になることは非常に多いので、参考になるかと思われます。

東京地方裁判所平成20年7月31日判決

事案の概要

  • 物件所在地:東京都港区西新橋
  • 用途:飲食店(ステーキハウス)
  • 賃貸人が立ち退きを求めた理由:耐震強度不足による建て替え
  • 賃料: 月額29万6523円
  • 共益費:7万6320円
  • 当事者等

X:原告(賃貸人、法人)。旅行業、内外の航空、船舶その他の運送機関の貨客販売代理店等を業とする株式会社。本件ビルを所有し、平成19年まではX及びその関連会社が自社ビルとして使用していた。

Y:被告(賃借人、法人)。レストラン経営等を業とする株式会社。昭和42年から、本件ビル内にある本件建物にてステーキハウス(本件店舗)を経営しており、国内に留まらず諸外国からも顧客が来店しており、ステーキ専門店として高い評価を得ている。

裁判所の判断-正当事由について

(賃貸人Xの事情)

・本件ビルの耐震強度については、A建築設計事務所の実施した第3次耐震診断の結果、国土交通省の「建築物の耐震改修の促進に関する法律第3条の規定に基づく特定建築物の耐震診断及び耐震改修に関する指針」にいう、危険度が最も高いランク(地震の震動及び衝撃に対して倒壊し又は崩壊する危険性が高いとされる)に該当することが明らかとなっている

⇒そのため、できるだけ早い時期に本件ビルの建替え又は耐震補強工事の実施が必要である

・耐震補強工事に関しては、中間層免震工法か枠付きブレース工法を採用すれば、本件ビルにつき、所要の耐震性能を確保することができる。

⇒しかし、(1)中間層免震工法については、免震層を貫通する縦シャフトのクリアランスの確保が難しく、コストが高額になって、解体・新築する場合の約8割に相当する工事費が必要となる上、工期も半年から1年もかかるなどの理由でその採用は現実的でないと判断されている。

⇒また、(2)枠付きブレース工法についても、老朽化した本件ビルのリニューアルの趣旨を含めた付帯の改修工事費用を含めると、工事費用が解体・新築工事の約65%程度かかり、約半年の間の工事期間中、本件ビルを使用することができず、専有面積が10%ほど減少するほか、採光、美観の点でも問題があるとされ、さらには、同工事によっても耐用年数は変わらない。

⇒上記の工法は、費用対効果の面で種々の問題があることから、同工法による耐震補強工事を現実に実施するか否かについては、Xにおいて、本件ビルの所有者として、様々な見地からの検討を要するところである。

⇒現在はYの経営する本件店舗以外には入居者のない本件ビルを、専有面積の割合で全体の1%強に過ぎないYの営業継続のために、費用対効果を度外視して、直ちに無留保で耐震補強工事を実施すべきとするのは相当ではないというべきである。

・上記に加え、本件ビルをX及びその関連会社のために使用する必要が高く、現在のような仮移転の状態を早期に解消する必要性が高い。

⇒X及びその関連会社を含め、本件ビルのY以外のすべてのテナントが本件ビルから既に退去して、現在はYのみが入居している状態であることも、正当事由を基礎づける事情の一つである。

(賃借人Yの事情)

Yは、これまで40年にわたって本件店舗で営業努力を重ねた結果、本件店舗が高級ステーキハウスとして、国内外から高い評価を得て確固たる地位を築くに至ったものであるから、本件店舗における営業の継続に関し、Yは重大な利害を有している

・また、本件店舗が今日の評価を得るについて、Yが本件店舗の調理に使用している炉窯が重要な役割を担っていることもまた窺えるところである。しかし、その移設が困難であろうことも理解できるところではあるが、その故に直ちに移転を拒む理由にはならない。

本件店舗の名称(新橋田村町●●)が土地に根ざした名称であることから、その所在地にそれなりの意味があることは窺えるものの、本件店舗が上記のような高い評価を受けている理由が、同店舗の所在地と密接な関係があるとまでは考えられない。

(結論)

本件ビルについての耐震強度に関する問題点を解消するため、耐震補強工事ではなく、建替えを選択したXの判断には十分な合理性があるということができる。

⇒Xにおける本件ビルの使用の必要性をも考慮すると、基本的には、本件解約申入れにつき正当事由があるとの判断に傾くところである。

⇒しかし、Yにおける前記認定の本件建物部分使用の必要性をも考慮すると、本件解約申入れにつき、立退料の提供が全くない状態で直ちに正当事由があると認めることには躊躇を覚えるところである。

Yが本件建物部分から退去するに際しては、相応の費用がかかることや、Xが甲号証として提出した調査報告書によって窺える本件建物部分の借家権の価値をも併せ考慮すると、Xから3100万円の立退料の提供を受けることにより、正当事由が補完される。

裁判所の判断-立ち退き料について

・Xが提出した不動産鑑定士Fの調査報告書
本件建物部分の平成20年2月1日時点における借家権価格:割合方式による積算価格2990万円と差額賃料還元法による3230万円の中庸値として3100万円

・Yが提出した不動産鑑定士G作成の不動産鑑定評価書
本件建物部分の平成20年4月10日時点における借家権価格:比較方式による8210万円、控除方式による7530万円、割合方式による7510万円、収益還元方式による8520万円を考慮し、8000万円

Y提出の不動産鑑定評価書に関しては、各種方式を用いる際の手法に疑問があることから、採用しない。
⇒立ち退き料として3100万円を認定。

(※ 具体的な算定根拠等の判示はなし。)

まとめ

このように、本事例では、裁判所は、費用対効果の観点などから、耐震補強工事を実施することは現実的ではないとして、正当事由を肯定しました。

また、本件特有の問題としては、賃借人側で、本件建物で店舗の営業を継続する必要性として、(1)40年間使用してきた炉窯の移設が困難であること、(2)店舗と所在地の結びつきが密接であることを主張していますが、裁判所は、これらの事情に一定の理解は示しつつも、正当事由の判断においては重視しませんでした。

また、立ち退き料の算定に関しては、具体的な算定根拠等は示さず、賃借人が提示した鑑定評価書については採用せず、賃貸人が提示した不動産鑑定士の調査報告書に依拠して、立ち退き料を算定しています。
実質的には、審理過程において賃貸人が提示していた立ち退き料の金額を認定したと評価できる事案であると思われます。

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