出版会社の事務所について4026万6000円の立ち退き料を認めた裁判例

はじめに

立ち退きコラム第3回目の今回は、出版会社の事務所の立ち退きについて、4026万6000円の立ち退き料が認められた裁判例(東京地方裁判所平成22年7月21日判決)をご紹介します。

この事例では、賃貸人側が、賃貸物件が所在するビル全体の老朽化を主張し、証拠として耐震診断結果等を提出しているのに対して、裁判所が、一定の老朽化は認めつつも、賃貸人側が立ち退きを求める主たる目的がビル周辺の再開発事業を実行することにあると述べ、正当事由の判断において、賃貸人側に厳しめの判断をしていることが特徴です。

また、立ち退き料の算定に際しては、上記の賃貸人側の事情、及び、賃借人側が本件建物にて営業することで「立地的な特別効用」を得ているとして、鑑定により算出された借家権価格+営業補償等の合計額を立ち退き料として認定している点がポイントです。

東京地方裁判所平成22年7月21日判決

事案の概要

  • 物件所在地:東京都港区愛宕1丁目
  • 用途:出版会社の事務所
  • 賃貸人が立ち退きを求めた理由:老朽化による建て替え(再開発)
  • 賃料等: 平成10年9月~  月額127万6400円(消費税別途)

        平成14年10月~ 月額114万8760円(消費税別途)

        平成18年5月~  月額 69万6333円(消費税別途)

  • 当事者等

 X:原告(賃貸人)。aビル(地下1階地上12階建)の4階部分に所在する本件建物の区分所有者。なお、aビルに関しては、1階の一部と4階部分以外は、Mビル株式会社が所有している。

 Y:被告(賃借人)。昭和39年以降、本件建物を賃借し、出版業を営んできた。

裁判所の判断-正当事由について

(賃貸人Xの事情)

・本件建物が存在するaビルは、昭和38年12月に竣工した建物であり、施工後45年を経過している上、旧耐震基準により設計された建物である。

⇒aビルの大部分の区分所有者であるMビルは、平成18年7月、設計事務所に委託して耐震診断を実施した。

⇒診断結果に基づくと、本件建物は、平成18年1月25日国土交通省告示184号の「地震の震動及び衝撃に対して崩壊し、又は崩壊する危険性がある」に該当するというべきである。

・aビルが所在する地域(東京都港区愛宕)の周辺では、東京都による「環状第二号線新橋・虎ノ門地区再開発事業」が進められており、平成20年6月20日付けで虎ノ門街区(Ⅲ街区)の都市計画変更が決定されたこと、平成21年6月、Mビルが上記再開発事業の虎ノ門街区の特定建築者予定者となることに決まったこと、aビルの周辺の建物はMビルが所有者のBビルを含めて次々に建て替えられていることが認められる。

⇒そうすると、Mビルによるaビルの改築も、耐震問題はその1つの理由にすぎず、主たる動機は、上記再開発事業に伴い、aビル周辺も再開発することにあると推認される。

⇒そうすると、本件建物の耐震性の不足は著しいものではなく、耐震改修工事によって補強することが十分に可能であると推認される。

・しかし、Mビルがaビルのテナントに明渡を求めた結果、現在では本件建物の賃借人であるY以外のテナントは1階の喫茶店を除いて退去した状況にあり、aビルの区分所有建物である本件建物の所有者にすぎないXのみでは耐震改修工事を実施することは不可能である。

Mビルのaビル改築の主たる動機が再開発事業にあり、また、耐震改修工事が物理的に可能であるからといって、Xについて直ちに正当の事由を否定することは相当ではない。

(賃借人Yの事情)

・Yは、本件賃貸借契約前は、Xから「eビル」を賃借しており、昭和39年、XがMビルとの間で等価交換によりaビルの4階部分の区分所有建物(本件建物はその一部)を取得したことから、本件建物を賃借するようになった。

⇒それ以降、43年間にわたって、本件建物で出版業を営んできた。

⇒Yの出版物は、全国各地の郵便局及び郵便局職員に対して販売される定期刊行物が中心であるが、単行本も出版しており、これらの43年間にわたって刊行してきた出版物には、すべてに本件建物が住所地として印刷表記されている。

 

XとYは、平成18年4月20日、本件建物の賃料を104万4500円から、30%減額した月額73万1150円に引き下げる旨の覚書を締結した。

⇒同覚書には、上記の減額は、賃借面積の半減による賃料の50%引き下げ要請に対して、賃借面積を半減する場合、改装工事費が高額になりデメリットが大きいための暫定措置であると記載されている。

 

・Yの主要な得意先は、郵便局株式会社、郵便事業株式会社、株式会社ゆうちょ銀行、株式会社かんぽ生命保険であるところ、郵政民営化の進展に伴い、平成14年には売上高が3億5100万円であったのに、平成19年には1億5000万円に減少している。

Yが発行してきた定期刊行物である「d誌」、「c誌」、「b誌」はいずれも休刊となっている。

上記の事実からすると、Yの出版事業にとって本件建物を住所とすることに営業上の価値があり、また、売上高及び覚書を交わした経緯から見て、引越料等を負担して他の場所に移転し、高額な賃料を負担して出版業が続けられるほど、Yに資金的余裕があるとはいえず、比較的賃料が安い本件建物を賃借し続けることに重大な利益があると認められる。

(結論)

XY双方の事情を考慮すると、Xの本件建物の明渡を求める必要性(本件建物の耐震性の程度と改修工事によることができない理由)とYにおける本件建物の使用の必要性を比較すると、後者が勝っているというべきであって、Xの解約申入れあるいは更新拒絶は、そのままでは正当の事由を具備しているとは認め難い。

しかし、本件建物(aビル)が所在する地域の付近では、東京都による「環状第二号線新橋・虎ノ門地区再開発事業」が進められており、平成21年6月にはMビルが上記再開発事業の虎ノ門街区の特定建築者予定者となることに決まり、aビルの周辺の建物は次々に建て替えられている。

⇒他方、aビルは、昭和38年12月に竣工した地上10階、塔屋2階、地下1階の鉄骨鉄筋コンクリート造りの建物であって、竣工後45年を経過しており、耐震改修工事によって利用は可能であるものの、森ビルの意向抜きに進められない上、上記のような周辺地区の情勢及び他のテナントがほとんど退去済みであることに鑑みれば、社会経済的な見地からは、aビルを改築の可能とすることにも合理性がある。

本件建物の明渡によるYの経済的不利益を十分に補填することができれば、正当の事由を備えることが認められる。

裁判所の判断-立ち退き料について

・鑑定人の鑑定結果を引用。

⇒鑑定人は、立ち退き料は、借家権価格1174万5000円、営業補償等2852万1000円合計4026万6000円が相当とした。

⇒本件の場合には、Yが本件建物に店舗兼営業所があることについて「立地的な特別効用」を得ているとし、かつ、不随意立ち退きに伴う正当事由の補完としての立退料が問題になっているとの判断の下、借家権価格及び立ち退きに伴う補償額の合計額をもって立退料の額とすべきとした。

(借家権価格)

⇒割合法による算定価格1174万5000円、自建貸家差額法による算定価格1464万8000円と算定し、割合法による借家権価格1174万5000円を採用

 

(補償額)

「公共用地の取得に伴う損失補償基準」に基づき、動産移転料、借家人の補償、移転雑費、営業休止補償を算出し、合計額2852万1000円を補償額とした。

 

動産移転料                       53万円
借家人補償
 家賃差額補償額                  1316万6000円
 返還されない一時金(権利金等)           124万5000円
 返還される一時金(敷金等)の運用益喪失分      136万円
移転雑費
 移転選定に要する費用                126万2900円
 法令上の手続に要する費用               20万円
 取引先の移転通知費用                770万8000円
 発行済み書籍訂正シール代               23万円
 印鑑・名刺等の変更費用                20万円
 各種封筒などの変更                  24万6000円
 間仕切り工事                     16万円
 電源・LAN工事                  100万円
 電話工事                       50万円

・Xは、鑑定結果について、(1)本件鑑定は、裁判例を参照しているが、それらの裁判例の事案と異なる本件建物のような「事務所」についてまで借家権価格と営業補償額の合算を認めるのは相当ではない、(2)「借家権価格」は、建物の立退料を算定するに当たり、その「借家権価格」を買い上げるとの視点から金銭評価されるものであり、他方、補償基準における借家人補償は、新たな借家権を取得するための費用を算定するものであり、借家権価格に借家人補償を加えるのは妥当ではない、と主張する。

⇒しかし、立退料は正当の事由を補完するものであるから、立退料提供以外の事情により、どの程度正当の事由が基礎付けられているかによってその額が左右されるべきものである。この点、Xの場合には、本件建物の耐震性が不十分である(それもIs値が0.6を少し下回った程度である。)というだけの事由で明渡を求めているのであり、その背景には、aビルの所有者であるMビルによる周辺の再開発計画があるというのであるから、正当の事由を補完するためには相当額の立退料の提供が必要になるべきである上、Yによる本件建物の使用については、Yが「立地的な特別効用」を得ていることも考慮すれば、上記主張は妥当ではない。

そのほか、本件鑑定の信用性を否定するに足りる事情は認められないから、本件鑑定の結果を採用すべきであり、立退料は、借家権価格1174万5000円及び営業補償等2852万1000円の合計4026万6000円をもって、相当と認める。

まとめ

このように、本事例では、裁判所は、賃貸人側が建て替えを求める主な理由が再開発目的であるとして、正当事由を厳しめに判断しました。

賃貸人側が老朽化を主張して立ち退きを求める事案の中には、実質的には再開発が目的である事例も少なからず存在するため、この意味で参考になる事例であると思われます。

また、本事例は、物件の用途が事務所であるにも関わらず、賃借人が43年間、本件建物で営業し、賃借人が刊行する全ての出版物に本件建物が住所地として印刷表記されている点などを捉えて、賃借人において、本件建物を使用することで「立地的な特別効用」を得ているとして、賃借人に有利な事情として斟酌しています。

こうした観点から、本事例は、賃借人側から見た場合に非常に参考になる事例であると思われます。

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